言葉は水物、すぐに死ぬ

意識のうちに消失しないうちにさっさと文章にしましょう

今世紀最高の映画を絶対に観ろ~映画「ごっこ」感想~

・もくじ

4部構成です。

①まえがき(興味なけりゃ飛ばして)

②社会がつらいか、ならこれを見ろ

③嘘をつかぬ役者の最強の演技を見ろ

川谷絵音の魂の叫びを聞け

④頼む、早く観に来てくれ、死んでしまう

 

 

 

①まえがき

27日(土)のことだった。

僕は東京へ向かうためにいったん北九州へ向かった。

飛行機が福岡空港発のモノが取れず、北九州発羽田行きの飛行機をおさえ、空港へ向かっているときだった。

人の全くいない駅のバス停で、ひたすら空港行きのバスを待っていた。

突如自分のスマホの電話が鳴る。

個人用携帯を鳴らすのは。

家族。保険の勧誘。

 

あとは。

仕事で緊急事態が起きた時。

 

なった瞬間にすでに寒気がしていたが、着信先が上司だったのをみて、すでに吐き気がしていた。

電話に出る。

 

「〇〇です。いま大丈夫かな」

「はい」

 

大丈夫かと言われたら、たぶんよほどでない限り「大丈夫じゃない」とは言えない僕。まあ、その時は確かに大丈夫だったけど。

 

内容はその週に商品を納品したお客様からのクレームだった。

商品の一部に僕の知らない仕様があり、その仕様のために別の設定を商品に行う必要があった。それが抜けていたため、業務が突如止まったとのことだった。

 

飛行機の時間ぎりぎりで向かっていたため、混乱しつつ、受け答え、なんとか返し、LINE、バス降りて、電話、LINE。降りれない。いや、降りなきゃ。しかし飛行機。

 

ミスをしたという、その時点で上司のイライラはなんとなくちらついていたが、連絡がなかなかスムーズに取れない僕を見て余計にイライラしていた。

(デキる上司なので、表立って怒鳴ったり罵倒したりは一切なかった)

 

なんとか空港にはついて、ようやく落ち着いて電話をする。

ともかくなんとかお客様が業務ができるよう、技術者を急遽派遣する方向となった。

 

「とりあえず技術者をなんとか手配するから、今からしばらく連絡取れるようにしておいて。業者に連絡して」

 

はい、大丈夫です、という声が出そうになるのをぐっとこらえる。

何が大丈夫なものか。飛行機だぞ。

連絡がとれるものか。用事だとかやる気だとかそんな問題じゃない。

物理的に無理だ。

 

「あの…実は……今から飛行機に…乗るので…電話や連絡が…」

 

「…………わかった」

 

上司は優しい人だからこそ表にはほぼ出さないが、やはりその裏にいらだちが電話越しでも見えていた。

なぜそれを先に言わないのか。

ならもっと情報共有すべきことを絞るべきだ。

お客様への電話は。

業者への電話は。

 

そういういらだちを抑え、必要最低限伝えるべきことをお互いに伝え、やるべきことをした。

 

その優しさと、裏に見えるいらだちが、僕が社会に適合できていないことの証明書だった。

 

飛行機に乗り、そして降りてからも電話をかけながら移動し。

なんとか自体は、最終的には収束した。

 

 

 

そして僕は、ユーロスペース渋谷に向かい、映画「ごっこ」を観たのだった。

 

 

②社会がつらいか、ならこれを見ろ

本題に入ろう。

なぜ今のような前書きを書いたか?

全く無関係な前書きを書くほど僕も馬鹿ではない。

原作の「ごっこ」も、今回紹介する「ごっこ」も、社会に適合しきれない人々を描いた作品だからである


映画「ごっこ」プレミアムトレーラー

この映画はクソニートひきこもりの「城宮」と「ヨヨ子」の物語である。

ニートの城宮は、ある日自分の家の窓から、向かいの家のベランダで傷だらけの「ヨヨ子」を見つける。

正義感からか、突発的に城宮はヨヨ子をさらってしまう。

 

そうして二人の生活が始まる。

城宮はヨヨ子を自分の子と言い張って生活を始める。

 

という物語。

 

物語で驚くのが、最初はお互い気まずい雰囲気が流れるし、周りからも「本当に親子か?」という目線が向けられるが、だんだんと二人の距離が近づいてきて、だんだん視聴者も最初のことを忘れてきて”親子もの”としてみる様になっていく。

 

しかしもちろん、それで本当の親子になれるわけでもなく、攫った罪が消えるわけでもなく。

 

この物語は、生ぬるいハッピーエンドにはしない。

だが、残酷な終わり方にもしない。

親子とはなにか?家族とはなにか?社会とはなにか?を突き詰めた作品である。

 

決定的にほかの家族モノと違うのは、「お互いがお互いから学ぶ」ことが強いのである。

 

城宮はニートで引きこもり。ほかの人から話しかけられることも慣れていない。すぐキレる。いわゆる社会不適合者である。

だが、ヨヨ子を見ていて、少しずつ自分にもできることを教えるうちに、城宮も色んな学びを得るのだ。

 

最初は「ちゃんとありがとう、と、ごめんなさい、言えるようになろうな」というところから。

赤信号を守ることを教えるうちに、自分も守るようになったり。

3食カップラーメンから、ヨヨ子のために料理を覚えたり。

そうやって、少しずつ、ヨヨ子のためにニートの城宮は頑張っていくのだが。

 

10年近くも引きこもりしていたニートがそんなにすぐに子供を育てられるほど自立できるか?

そんな甘い話ではない。

 

社会不適合証明書は簡単に返却できない。

僕は、それをこの25年間生きてきただけでも強く実感している。

それは定職についた僕であっても、だ。

 

どこか「社会になじめない、つらい」と感じたことが少しでもある人々は、生ぬるい復活劇みたいなものを描かれるとイライラしてしまうと思う。僕がそうなのだが。

だって、そう簡単に「復活」なんてできないからである。

社会に適合する方法がわからなかったり、わかっててもできないまま今の今まで人生やってきているのだから、よほどのことがなければ、この「社会不適合」のレッテルはそうそう剥がれやしないのである。

 

だからこそ、この映画はしっかりとそこは描かれている。

そのつらさと適合できなさは残ったままだ。

 

だがそれでも城宮を動かすものは、なんなのかと聞かれると、ヨヨ子なのである。

 

そこにしかとした説得力がある。

生半可な気持ちで社会不適合者を描いていない。

本気でそういう社会の闇を描こうという気概がそこにあり、ならどうやれば立ち直れるのか、立ち直るきっかけはあるのかという部分が描かれている。

 

③嘘をつかぬ役者の最強の演技を見ろ

上記に書いたように、作品において、本気でこういう社会から外れたものを書こうという気概がなければ、「こういうの書いておけば、引きこもりは共感してくれるんでしょ?」という適合者側からの上から目線満載の雰囲気がにおってきてしまうのである。

 

それをさせないのが、役者たちの演技力である。

これは社会不適合者として保証させていただくが、絶対にこの作品に「不適合者をナメた態度」は存在しない。それだけ役者の気合が入っていた。

本作に出ている役者の演技力は目を見張るものばかりで、ここでは主役の二人に関して取り上げる。

 

千原ジュニア

引きこもりの城宮役である。

この選出は正解だった。

これがイケメン俳優なら、先に書いた「上から目線」が出てきてしまう。

ただ、「人のよさ」が出ていないと、この作品は成り立たない。

引きこもりの根っこに眠る人のよさが、ヨヨ子のために動く力となっているわけだから。そこがなけりゃ、「ただの引きこもりがここまでできんよ」となってしまう。

その塩梅がちょうどいいのが千原ジュニアさんであった。

そしてお笑い芸人として知られているが、昔からマイナー映画に何本も出演しており、映画界では役者の一面を知られた存在である。

千原ジュニアの演技は、たびたび出てくる狂気—引きこもりがもつ社会不適合性—を出しつつも、本質的な根っこは優しさがどこかにある演技で、だから幼馴染のマチ子もほほえましく眺めるし、皆も親子と思ってみている。見ていられる。

 

だからこの作品のほのぼのさが成り立つ。

 

そして、本気度も成り立つ。

 

いきなりブチ切れるような演技もそうだし、子供に対して優しく接する演技もそうだし。

その両方が成り立つのはとても難しいのだ。どちらかにウソが混じってしまいそうになるが、千原ジュニアはそうではなかった。

 

狂うような魂の叫びが、僕の社会に合わぬ心にぐさりと刺さった。

 

彼の葛藤、決意、それらがすべて伝わる素晴らしい演技だった。

 

バットで殴りこむシーンと、ベンチのシーンがとてもよかった。

これから見る人はこの上記二点を注目してほしい。

 

平尾菜々花

この子が最強の子役であった。

近年ではNHKドラマ「悦ちゃん」などに出演し、その作品をみて「この子が出るなら観に来る」といって「ごっこ」を観に来ていた人もいた。

役の設定は5歳だが、この役者は9歳である。

 

しかし9歳とも思えぬ迫真の演技であった。

 

まず目力がすごい。

この作品はヨヨ子と城宮がお互いがお互いからいろいろ学んでいくお話なので、いくら城宮がニートとは言え、ヨヨ子ちゃんの精神年齢はある程度高くないと成り立たない。

ただ城宮にくっついていくだけの子供、という演技じゃ成り立たんわけである。

それを成り立たせているのがこの平尾菜々花の演技である。

城宮が引っ張っていっているようで、いつのまにかヨヨ子のペースにもっていく。

劇中でも、終始千原ジュニアは振り回されたという。

 

natalie.mu

 

(以下、上記記事引用)

ジュニアは台本を読んで「この女の子によって変わるんやろな」とヨヨ子役に映画が左右されると思っていたことを述べたうえで、平尾を「ただの天才」と表現。ビンタするシーンなどを回想しながら「思いっきり行けるかな?ってところも行けるんですよ。よう考えたら行けたんじゃなくて、行かさせられた。完全に手綱を取られてた」と絶賛する。

 

ビンタをするシーンがあったのだが、基本的にビンタは本気でやれという人と、言わない人がいる。ましてや、子供相手に本気でビンタができるか?というと、ためらうのが常。

映画関係者が聞いた話によると「本番に入った瞬間、”あ、これいくんやな”と思った」と語っていたそう。

そういう、周りの役者すら巻き込む空気感を持った女優なのだ。

 

news.nicovideo.jp

 

こちらでも「平尾菜々花っていう女優のためにも、この作品は世に出たほうがいいな」とまで言っているほどだ。

 

一番すごいのは、泣きの演技だ。

子供ながらに何度か泣くシーンがあるが、そこにも是非目をみはっていてほしい。

 

 

川谷絵音の魂の叫びを聞け

 

www.youtube.com

 

これはすべてこの映画のために書き下ろした曲である。

映画を見た川谷絵音が「是非やらせてください」と頼み、一度は制作者側からOKをもらった曲を破棄し、3つも自らリテイクをかけてようやく生まれた曲だ。

 

あとは何も言うまい。

そこには疑う余地のない魂の叫びが込められている。

聞け。

そして映画を見てもう一度聞け。

 

全てがここに詰まっている。

 

④頼む、早く観に来てくれ、死んでしまう

営業でまざまざと社会の不適合さを改めて突き付けられている自分が、究極にまでひねくれて、そんな状態で心をえぐってきた映画なのだ、これは。

ここまでの文章にどこか共感を得た人は本当に観に来てほしい

 

この作品は正直な話、宣伝費が足りない。

こうやって地道に、個人が宣伝するしかない。

 

だが俳優・制作陣・アーティストすべてが魂を込め叫んだ渾身の一撃を、ここで終わらせてしまっていいのか。

 

僕はこの原作が好きで東京に行って、関係者に原作の良さを売り込んできた。

だが映画をみてからは、この映画をもっともっと売り込みたくなった。

 

知っているか、映画は初週1週間で決まる。

もうすでに2週目だ。

初週が悪ければ2週目をやらないところもあるくらいで、基本映画はよほど大きな広告を打っていない限り2週程度しかやらない。

 

来週やるかわからない。今週金曜日までで終わる可能性がある。

頼む、早く観に来てくれ

gokko-movie.jp

リンク先に上映映画館一覧がある。

東京以外でも福岡・広島などでもやっている。

頼む。映画が死んでしまう。

 

つまはじきものたちの魂の叫びが消えてしまう。

 

どうかどうか、頼むから、観に来てくれ。

 

「あとで見よう」が、きかないのだ、映画は。

 

この一週間が最後の砦なのだ。

 

頼む。共感した人は、観に来てほしい

ちょっとでもいいと思った人は観に来てほしい。

 

頼む。

時間が合わないのであれば「時間を増やして」と投書してほしい。

遠くていけないのであれば、近くの映画館で「上映して」と投書してほしい。

 

それだけ、これは消えるにもったいない映画なのだ。

 

頼む。頼む。頼む。

 

なにかを、この作品のために、してあげてください。

 

よろしくお願いします。