はっぴゃくよんじゅうご

日記とは到底言えない承認欲求のための文章が転がる予定

書くことエンジン、ノンストップ180km/h

・180km/h、出してきました。

滝口悠生さんのイベントにいってきました。日記を書くことについてのワークをするイベントで、一応新刊の「茄子の輝き」刊行イベント、という形ではありましたが、ほとんど日記の話と書くことについての話がメインでした。それがとても楽しくてよかったです笑
それで、とても「わかる!!!」となったのが、「人に見せる文章と、他人に見せる文章は違う」ってことです。人に見せる文章、ってなるとどうしても「これは皆わからないから説明しなきゃ」とか、「あれはつまんない」とかになりがちになります。けども、だれも読まない、自分しか読まない日記ってのは、そんなの気にしなくて良い。「とも、ビール、本」。昨日の出来事は、自分はこれだけで伝わる。この間にあるものは自分の中にあるので。
基本的に僕は文章を書くのがすきだ。だから普段からわーーーーーーっと文章を書くことが多い。そうやってると、どうしても「これはいいもんじゃないか?」「おもしろいんじゃないか?」「みてもらおう!」と思ってしまって、書き直してネットにあげたりする。しかし、たいがいが途中で頓挫する。
だって、自分が書きたくなくって、けど他人に見せるために書く文章が途中で出てくると、めちゃくちゃ面倒だから。
そんなんわしの脳内見て考えんかい!テレパシーじゃ!!!!!と、どうしてもなってしまい、しかし人様に見せるとなるとそうもいかず、結局お蔵入りになって、日記でおわる。
そんなかんじで、ずっと色々書いてきた。
ただただ書くってことは好きなんだけれども、けどっぱりその書くってことでだれかに認められたいというのがどこかにあって、しかしそれが出てきた瞬間、文章のよさってものはどっかに置いていってしまう。
だからできるだけ、書くことに対するエンジンが、ぎゅいんぎゅいんいってるときに書いた方がいいかなとおもってる。
今回の日記もそうだった。
日記を書きなさい、と言われんだけれども、自分の書くことエンジンは昨日の出来事じゃ全く作用せず、思いがけず近所の理髪店でエンジンかかってしまったので、それでががーっとかいてしまった。しかしおもしろいのが、ほんとに推敲なし思考なしでノンストップで書いたつもりが、案外まとまりのある話になって、その話が一通り終わってからの文章とか、そのはなしが始まる前の文章なんかは、考えてかいたせいかぴりっとこない。むむむって感じ。
今はラーメン食べて、少しエンジンさまして、時速60km/hくらいってところ。出るときは180km/hを公道で出そうって勢いになってしまう。もちろんそんなに続かなくて終わる。

でも今回の日記は、まさに180km/hだった。
とってもよかったなー、と思ったのが、ちゃんと突っ走れたことだ。自分は普段、人前になると絶対20km/h運転になる。ガチガチにルールに怯えて、しっかり走ろうってなってしまう。だからノンストップ180km/h文章を今回書いたのであった。
それをちゃんと滝口さんや、文章のお仕事に携わる方、文章が好きな方々の前で発表できたのはよかった。
今回書いた文章は冊子になるそうで、楽しみに待つ。そのときにまた公開しようかなとおもう。

 

・「これはペンです」の、ペン

それでちょっと思ったことが、ノンストップ180km/h文章とめちゃくちゃ丁寧20km/h文章の合間、60km/h文章を書くのがめっちゃむずいってことだ(全然間じゃないけどきにせずに)。
自分は何か書く時のわーーーーーーっと感を、ひとつにまとめたりしたい。本にしたり、したい。けども、どーーしてもそうなると20km/hめちゃくちゃ丁寧ガチガチ緊張文章になって、どっと疲れて書くのをやめてしまう。かといって、180km/h暴走文章が続くわけもない。
今くらいの、時速60kmの、のんびり文章がつづくのが、自分がすきで、長く書けるスピードだ。

それで、さらにまた思ったことが、ちょうどいいスピードで文章を書くには、「ペン」がめちゃくちゃ大事だなってことなのだ。
これは、円城塔さんの「これはペンです」的なペンだ。自分の解釈と他の人の解釈が違ったらアレなので書くと、あれはいろんな道具を使って文章を書く話だった。けども、いろんな道具=広義のペン、で文章を書くと、どうしても「ペン」に文章が振り回されてしまうってかんじの話だった。磁石に文字がかかれたやつで手紙かいてみたりとか(当然磁石なので反発したりくっついたりでちゃんとかけない)。文字が書かれた岩でかいたりとか(ショベルカーで。結局怪我して血文字で書くはめに)。塩基配列でかいたりとか(バイオテロかと疑われる)。
「これはペンです」の中では、そういう変な「ペン」で叔父さんがいろんな文章を書くのだが、叔父さんはその「ペン」に振り回されない文章を書こうと、どんな「ペン」であっても同じ文章が書こうとしている、と主人公が解釈していた。

じゃあ実際はどうだろうか。自分の周りには、結構いろんな「ペン」がある。スマホ、キーボード、PC、ボールペン、お気に入りのシャープペンシル、マジック、声、とか。そしてさらに、それをどこに出すかでもまた違ってくる。スマホなら、メール、ツイッターはてなブログ、LINE………手書きなら、ほぼ日手帳、100均のメモ帳、ハウステンボスのトラベリングマンのノート、キャンパスノート、A4用紙…………
そういう意味では、書く道具書く道具、「ペン」だけでなく、何に書くかによってぜんぜん違う文章が生まれると思うのだ。

僕はこれを全部ひっくるめて、ひとつの「ペン」としたい。スマホツイッター。PCでツイッタースマホでメール。下書きメール。Gmail。手書きのほぼ日手帳。A4。それぞれで全部違うんだと思う。
だから、ちょうどよい、ほどよい「ペン」で、書くのが大事だなぁ、と思ったのだった。

 

それだけじゃなくて、今回のイベントで大きく思ったのが、全く同じ「ペン」でも、公開範囲で違うということだ。今日ホテルでA4で書くのと、今日のイベントで同じA4で書くのは、たぶん違うから。その公開範囲までもが、「ペン」なのだ。
そうすると、その「ペン」は、自分の意思である程度書きやすさ書きにくさを操作できるってことになる。今日も、公開範囲は広かったけれども、エンジンフルスロットル180km/h文章をだすことができた。
一人で部屋にこもってかっとばす文章とそんなに変わらない文章がかけたと思う。

だから「これはペンです」で叔父さんが目指すところって、こういうところなのかなぁ、とぼんやり思ったのでありました。

今日の文章はまとまったのでここまで。

全然滝口さんの作品の話が出てこなかったので、以前読んだジミヘンをまた読み返して、あと茄子の輝きもよんで、思うとこあったらまた書きます。
一応、これより下に、「イベント終わってまだ180km/hでてるときに書いた文章」を貼っとくので、きになるひとは読んでみて、この文章との120km/hの差がどこにあるのかを読んで確かめてみてください。
案外ないかもね笑

 

 

 


(以下、180km/h文章)
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普段の自分は文章の「書く勢い」みたいなのがあって、がーーー~っとかいてさっとおわる。それ以上やるにはちょっとやすんで冷まさないと無理。そんなやり方でずっとかいてる。今日もがーーーっとかいてがーーっとおわった。終わったあと無理矢理体裁を保とうと思ったけど全然だめだった。
でもそれはだめってのは、あくまでみせるためだからだめなんであって、別に日記にダメもくそもないはずなんだけど。というわけで今回はがーーっとまたかいてみることにする。推敲はなし。いつもどおり。推敲すると色々と死んじゃうから。今日書いたのは理髪店の話だった。昨日の話をがーーっとかいていたら、美容室の話が出てきて、そこから理髪店の話か思い付いて、がーーっと書いてみた。それですごいすっきり感がして、昨日起きたことはさっぱり書かなかった。
でもすっきりした。のわりに、なんだか人に見せるみたいな、話まとまったかんじになっちゃったなぁ、と思った。
研修をしてて思ったのが、自分はまとめたり説明するのがうまいと言われる。それがどこかで勝手に働いてる気がしちゃうんだよな。だからいまもわーっとかいてるけれど、どこかでそれがさようしている気がする。
でもでも一方で、この文章もそうだし、あの日記もそうだし、がーーっとノンストップ推敲思考ほぼなしで突っ走っているのは事実だ。だってそんなことしなかったら、自分はまとめたりとか他人に見られるとかを気にするタイプ。絶対どっかで文章か死ぬ。どっかでかっこつけがめちゃくちゃ出てしまう。こういう、めちゃくちゃ、とかつかうのも、ある意味そういうかっこつけをごまかすために稚拙に使ってる感はある。
だから、だれにも干渉されない文章、だれにも見せるつもりがない文章ってのを書く場所は、滝口さんがいってたように作るべきだなぁと思うし、実際作ってる。一月に一回、あるいは一週間に一回、あるいは半年に一回、わーーーーーーっと書いている。わーーーーーーっとかけるうちにかいてしまわないと死ぬ。なんかもうでてこなくなる。ので書けるうちエンジンかかってるうちにわーーーーーーっとかく。無理矢理書いてもかかるときはかかる。かからんときはかからん。
そんなかんじて、日記かけばいいのかなぁ。うん。